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信じられないほどの不幸が起きている人が気づいていないこと

信じられないほどの不幸

それは人により考えが変わりますが

例えば

病が代表的。

誰も病にはかかりたくないと思っていますし

かからない方がいいに決まっています。

最近では予防医学が

以前より認識されつつある。

 

西洋の文化は

対処療法ですが

基本的に何かあっては遅い。

 

これは医学の世界だけの話ではなく

私たちの人生・運命にも影響してきます。

病・身内の死・事故・トラブルの意味

身内の死を私自身も経験しています。

若い頃に。

身内の死は不幸だと

多くの人が思っていますが

それだと故人は偲ばれないですよね。

 

死にはそれぞれ運命があって

生まれてきた時に

いつ死ぬか

どう死ぬかは

シナリオで大体決まっています。

 

カルマという部分もあるのですが

 

家族は家族で

その死を受け入れることで

魂を成長させていく。

 

いずれにせよ

信じられないほどの

大きな痛みは

その人にとっての意味があります。

 

1つはカルマ

先祖代々と続くカルマが

濃く残っている場合です。

 

今では世代間トラウマ

集合無意識という言葉で

考えられていますが

正直この分野は

まだまだ未発展であるとも言えます。

 

そして2つ目

それが自分原因説。

 

因果応報という言葉通り

 

自分がしたことが

自分へ返ってくるだけの話です。

「自分勝手に生きた」だけでは神は罰を与えない

よく不幸が起きたことを

自分がこれまで自分勝手に生きたから

だと思う人がいますが

その解釈は全く違います。

 

自分勝手に生きただけで

神様は罰を与えません。

 

他人に対して

キツイ人がまず多いです。

自分の意見は絶対に正しいと思い

他人をジャッジし

他人に自分の意見を押し通してきた。

 

のではないですか?

 

それを人は傲慢と言いますが

結構自分がそうしている

ということに気づいていない人も

多いです。

 

信じられないほどの不幸を

与えられる人は

自分がそれだけ

人を泣かしてきた証です。

 

必要以上に他人をジャッジし

なんでもキツく言う。

 

まともな感覚であれば

「自分にも非があるのかな?」と

考えるのが普通ですが

こういう人は

絶対にそう考えない。

 

他人には他人の考えがあることを知らず

それを尊重しない。

想像さえもできない。

そういったことは

積もり積もっていき

多くの人の恨みが

塊となり

その人自身に返ってくる

その人にとっての最大の不幸

という形で。

だから、自己責任なんです。

他人に対して寛容であること

いずれにせよ

他人に対して

寛容ではない

という人が多いです。

人には人の意見や考えがあるので

どっちが正しいとかはなく

それはそれで

尊重する

自分と違う意見ならば

そっと離れていく

それでいいのですが

このタイプの方々は

そうもいきません。

 

自分が正しいことを証明するためならば

なんだってします。

 

不幸が起きた時に

他人はこう思っています。

 

「ほら、見たことか」とね。

 

結構きつい話をしていますが

事実なんで・・・

思い当たる節があると思います。

類は友を呼ぶ

そしてこのような方々は

必ず同じような分類の方々と

付き合っています。

 

自分が全て正しい

と思っていて

自分を顧みない方々とね。

 

不幸にあっても

気づかない場合

さらに不幸になっていく

ということに気づかず。

 

とにかく

そのような方々と

付き合わないことですね。

 

何も良いことがありませんから。

自分を顧みることも時には必要

自分の考えが違うのかな?

間違っているのかな?と考える人は

ある意味まともな人です。

 

そうやって

自分とは違う意見を

受け入れようという姿勢が。

 

もちろん考え方は

人それぞれ。

 

正しい・正しくないのジャッジは

しなくていいのです。

 

ですが悲しいかな

私たち日本人は

そうやって

他人を正しい・正しくないの基準で

見ているケースが非常に多いです。

 

自分も我慢しているんだから

あなたもそうしなさい

という同調圧力が

かなり根強い文化。

 

そういった方々は

自分が正しいと常に

思っているんですよね。

 

だからたとえば

相手の弱い部分とかを

受け入れることもできない。

 

そして

間違った見解をしてしまう。

 

人のミスを許さないという感じかな。

 

誰だって生きていれば

辛いこともあるし

泣きたくなる時もあるし

全てから逃げ出したい時もある。

 

その時に、

相手に寄り添う

ってことが

できない人が多いんですよね。

 

傲慢な人は。

 

その状況に立ったことがないから

わからず

自分の見解に

当てはめて

余計なひと言を言っちゃったり。

 

そして余計なことを

言っている自分に

気づいていないって感じかな。

 

いずれにせよ

不幸というのは

どんな出来事も

自分のこれまでの行い

思考を顧みるために

起こったんですよね。

 

そこがわからないと

何度も何度も

やってくる。

不幸という形で。

正しさを証明しなくていい

このようなタイプの方は

自分の正しさを証明するためならば

なんだってします。

 

それで相手が傷つこうが

構わない。

だって、私は正しいんだから。

 

という姿勢が

不幸を呼んでいるんですよ。

 

ある時私

なんの悪気もなく

純粋にある方に

メールを差し上げたんです。

 

その返事が

 

なぜかブチ切れ

 

あなたのようなどこの誰か

わからない人にメールを

もらうのは

 

あなた、失礼ですよ

という内容。

 

私はその方と

繋がれたことが嬉しくて

メールをしただけで

 

「ここまで、言うか?」と思い

嫌いになりました。

 

そこから5年後にその方

全身癌で亡くなられていました・・・

これ、本当の話です。

 

そしてふと思ったんですよ。

 

ああ、彼の方は

私だけじゃなく

多くの方に

そうやって接してきたんだって。

 

他人に寛容である

ということは本当に本当に

大事なことなんです。

 

自分でこんなことを言うのも

なんだけど

 

私に対して

ひどい態度を取ったり

ひどい言葉をとったり

嫌がらせしてきた人とか

み〜んな

びっくりするくらい

不幸になっています。

 

これ私が願ったわけじゃないんですけど。。。

 

それはそれは

ここでは書けないようなことに

なっておられます。

 

そして私は常に思うんです。

 

「だからか」と。

 

 

これは私だけじゃなく

きっとその方々と

関わって来られた方

皆様が思っておられるのでしょうね。

 

気づかないのはご本人だけ。

 

人生は上がり調子の時、あります。

 

その時に、どうしたか。

それがその方の

その後の人生を決めますよ

非常に怖い話をしましたけど

わかる人にはわかりますよね。

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